あぁ、むずかしい!!
今日のコーラスは本格的に
立原道造の曲の特訓になった。
音が取れたら、イメージを膨らませる。
しかし、やっぱり何のことやら
意味がわからないのだ。
立原道造のふるさとは…東京。
それも日本橋だ。
なんか詩の雰囲気とは違う。
やはり、地理的なことではなく
なにか精神界な世界なのだろうか。
この詩を長い間見ていると
自分の文章も
「○○だらう」と
古文調になってしまいそうだ(^^;
・・・・・・・・・・・・
ふるさとの夜に寄す
やさしいひとらよ たづねるな!
―なにをおまへはして来たかと 私に
やすみなく 忘れすてねばならない
そそぎこめ すべてを 夜に……
いまは 嘆きも 叫びも ささやきも
暗い碧の闇のなかに
私のためには 花となれ!
咲くやうに にほふやうに
この世の花のあるやうに
手を濡らした真白い雫の散るやうに―
忘れよ ひとよ……ただ! しばし!
とほくあれ 限り知らない悲しみよ にくしみよ……
ああ帰つて来た 私の横たはるほとりには
花のみ 白く咲いてあれ! 幼かつた日のやうに
2 件のコメント:
あ、そうだっけ日本橋生まれなんだっけ?
そうだよね、軽井沢にいたのは療養中だったのかあ。道造の詩といえばそちら方面のイメージが・・・。
私も生後20日まで実は日本橋で育ちましたが、記憶はありません・・・(笑)。
合唱曲、ますます難しそうですね。でも、詩が暗唱できるようになるのはすごいね。
がんばってぇ!
こんばんは、むつらぼしさん。
立原氏は、大学時代に軽井沢避暑を楽しんだみたいよ。で、卒業して建築家としても将来を嘱望されながら、肺を患って…軽井沢や盛岡とかで療養して亡くなったそうな。
都会では建築家として仕事に励み、避暑地で詩を創作して魂を開放していたのでしょうね。
まぁ!むつらさんは日本橋育ちだったのですか!私も福島で生まれて8ヶ月もいたそうですが、記憶はサッパリありません(^^;
中原中也の『北の海』という歌も練習しました。頭の中は、古文でいつぱいなのです。
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